猫伝染性腹膜炎(FIP)は猫コロナウイルスを原因とした病気で、特に若い猫の命に関わる重篤な疾患です。
多くは1歳未満の子猫で発症し、食欲不振、活動性の低下、発熱、体重減少など、症状は多岐に渡ります。確定診断がつきにくいケースもありますが、腹水や胸水などの貯留液が体の中にたまるウェットタイプと、貯留液のたまらないドライタイプに大別されます。
いずれにしても、発症から数日~1ヶ月以内に亡くなることも多い非常に致死性の高い疾患です。
不治の病とされていたFIPに有効な治療薬が登場
これまで長い間、猫伝染性腹膜炎(FIP)には効果的な治療法がなく、「不治の病」「致死率99.9%」とも言われていましたが、近年GS-441524(以下GS)という薬がFIP治療に有効であるという研究発表がでました。
中でも、GSを主成分としたMUTIANという薬により8割以上のFIP猫が治癒したという研究報告には注目が集まりました。
研究結果
- 生存率82.2%(FIP猫141頭に対して、116頭が生存、25頭が治療中に死亡)
- 投薬終了後の再発率2.5%(84日間の投薬後に生存していた116頭中、4週間以内に3頭が再発)
しかしMUTIANには製造・販売にさまざまな問題があり、未だに日本国内では正規品が流通していません。また、同様の成分であるCFN(CHUANFUNING)も日本国内で一般流通はしていません。
日本国内でも有効とされる薬の流通が開始
一方で、ヒトの新型コロナウイルス治療薬として開発されたモルヌピラビル(商品名ラゲブリオ)が、FIPの治療に有効であるという情報も出てきました。
モルヌピラビル関連の研究報告の例
- Unlicensed Molnupiravir is an Effective Rescue Treatment Following Failure of Unlicensed GS-441524-like Therapy for Cats with Suspected Feline Infectious Peritonitis
- Molnupiravir treatment of 18 cats with feline infectious peritonitis: A case series
こういった情報をうけて、FIP治療を専門的に実施している動物病院で情報の集積がなされ、モルヌピラビルの有効性が徐々に明らかになってきています。
モルヌピラビルによるFIP治療成績はMUTIANに若干劣るものの、経口投薬が可能なFIP症例であれば同等の治療成績が期待されます。また、国内で製造されている薬なので流通が比較的安定しているため、当院ではFIP治療薬としてモルヌピラビルを採用しております。
ただし、モルヌピラビルには注射製剤がありません。神経症状が出ているケースや、著しく食欲が落ちているケースではMUTIAN注射薬などの方が確実に治療導入できるため治療成績も良好となる傾向にあります。そういった状況では、注射薬の取り扱いがある他の動物病院の受診を推奨しております。
当院でのFIP治療の流れ
- 初期検査
FIP以外の類似した別疾患の除外や(形質細胞腫やアミロイドーシスなど)、併発疾患の確認を目的に、細胞診やPCR検査を含めた広い範囲の検査を実施します。ただし、ドライタイプFIPでは初期段階で確定診断がつかないこともしばしばありますので、ある程度ほかの疾患が除外されている状況では、試験的治療の相談をさせていただくこともあります。 - 治療開始
FIPは主に通院による自宅での投薬治療を行います。標準投薬期間は84日間です。状態によっては入院や輸血療法をご相談させていただきます。また、嘔吐や脱水などの症状が見られた際には、支持療法を合わせて実施していきます。 - 定期検査
治療効果の判定や副作用のモニターなどを目的として、定期検査を行います。検査の頻度は体調などにもよりますが、投薬期間中に概ね4~5回程度、投薬終了後に再発確認の目的で2~3回程度実施します。 - 再発
治療が一旦成功したFIP猫のうち、1割程度で再発がみられます。再発が起きた際は、モルヌピラビルの高用量での再投与を42日間行います。一回の再投与で制御されることが多いものの、2~3回必要となることも稀にあります。
FIP治療の費用
治療に際して、FIP治療薬(モルヌピラビル)のほか、支持療法や検査に係る費用が発生します。
FIP治療薬(モルヌピラビル)
モルヌピラビルの投与量は体重や重症度によって異なるため、それに合わせてコストも変動します。以下の治療モデルケースでは、当院でのモルヌピラビル費用は概ね以下のようになります。
3kgの猫における84日間の低用量投与の薬代合計:約14万円(税別)
3kgの猫における84日間の高用量投与の薬代合計:約26万円(税別)
支持療法
嘔吐に対する制吐剤投与、脱水に対する点滴処置、貧血に対する輸血療法などは、別途費用が発生します。
検査
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初期検査
典型的なウェットタイプFIPなのか、判断に迷うようなドライタイプFIPなのかによっても検査項目が異なるため費用も変動します。ウェットタイプFIPで事前情報が全く無い状況では、概ね7〜8万円程度になることが多いです。 -
定期検査
検査の項目は体調やFIPのタイプによっても異なりますが、1回あたりの検査費用は2万円程度となるケースが多いです。
保険適用
モルヌピラビル(商品名ラゲブリオ)は国内製品なので、動物保険が適用となる可能性がありますが、各保険会社の加入プランなどによっても判断は異なります。病院では個別に保険会社への問い合わせは行なっておりませんので、ご自身で加入している保険会社にお問い合わせください。